細菌兵器の「731部隊」元隊員の貴重な「証言」が、地元で展示されない真相 「体験者の言葉」は印象に残りやすいが…(共同通信)

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Published　2025/09/15 10:30:00　Updated　2025/09/09 13:37:11

旧日本陸軍で細菌兵器の開発を進めた「７３１部隊」（正式名称は関東軍防疫給水部）。国内外の記録や隊員の証言によると、捕虜を細菌に感染させ、死ぬまで観察するといった人体実験を繰り返したとされる。

その７３１部隊の元隊員が持ち帰った遺品が、飯田市平和祈念館（長野県）に展示されている。８０年前にあったことを伝える貴重な史料だ。地元の市民団体は、「戦争の記憶を風化させない」ため、生前の元隊員数人の証言を集めたパネルも作成した。ただ、この証言パネルは展示を見送られた。貴重な証言を開示しないのは、なぜか。（共同通信＝大島千佳）

▽「どこかで線を引かざるを得ない」

飯田市平和祈念館の一角には、注射器などの医療機器や薬品、感染症に関する解説書などが並ぶ。いずれも、元隊員が７３１部隊で使っていたという。壁のパネルには、７３１部隊の概要や当時の戦況が記載されている。市教育委員会の後藤武志課長は、運営主旨をこう説明する。「市民が遺品から学ぶきっかけづくりをする」
祈念館は２０２２年５月の開館後、「７３１部隊についてもっと解説した方がいいのではないか」といった声が寄せられ、「証言パネル」を展示するかどうかが焦点になった。市教育委員会は教員や専門家による検討会を設置。議論を重ねた末、展示しないことが決まった。

後藤課長によると、展示しない主な理由は次の通りだ。

① 証言で述べられたことの正確性が担保できない

② 内容が残虐で、子どもが見学する際は心のケアが必要になる

③元隊員の遺族が、加害の歴史と紐付けられることに抵抗を感じている

「平和祈念館を運営する側としても、出せる物、市民の皆さんに見ていただける物は、できるだけ展示していきたい。一方で史実を残すということと、誰もが見ることができるということのバランスを取るには、どこかで線を引かざるを得ない。残された家族や子どもたちにふさわしい展示の仕方を考えなければいけない」

▽求められるのは「多面的な展示」

飯田市に隣接する阿智村には、戦前・戦中に中国東北部、旧満州に移住した人々の歴史を伝える「満蒙開拓平和記念館」がある。展示運営に携わる三沢亜紀事務局長は、経験者の証言を残す意義をこう語る。

「大きな歴史の流れを、個人の視点を通して知ることができる。私たちの地域からあの地に行って、いったい何があったのか、どのように人生が翻弄されたか、どういう傷を受けたか、その痛みを知ることこそが本当の戦争の実態を伝える力になる」

実際、来館者の感想では、一番印象に残ったことに「体験者の言葉」を挙げる人が多いという。それでも、三沢さんは体験者の証言に加え、学術的に検証された歴史的背景も提示するなど「多面的なアプローチが必要」と指摘する。

「こんなにひどいことをした、という主義主張、糾弾や断罪という形ではなく、なぜ関わることになってしまったのか、その人の体験、人生を受け取るという思いで話を聞ければ、証言者の尊厳を守ることにつながる」

三沢さん自身も数時間にわたる証言の聞き取りを行い、その一部を展示するにあたって、個人が批判される展示の仕方にならないよう工夫したという。具体的には、いろいろな立場の証言から、歴史が立体的に浮かび上がるよう心がけている。
「証言は、史実と整合性があるのかと疑問を持つ人もいると思う。証言者その人にとっての記憶なので、同じ記憶でもいつ話すか、相手が誰かということで表現やもしかしたら内容も少し違ってくるかもしれない。けれど、あのとき私に話してくれた相手の姿や思いを受け取った責任をもって、皆さんにお伝えすることが大切」

▽「遺品に証言を複数加え、少しでも全体像を」

飯田市で展示を見送られた証言パネルを作成したのは「飯田市平和祈念館を考える会」代表の唐沢慶治さんと飯田市歴史研究所調査研究員の原英章さんだ。

２人は「遺品だけでなく、元隊員の証言も複数展示することで全体像が少しでも見える形になる」と考えている。
これまで、小中高の教師らや教育委員会と１０年かけ、７３１部隊だけでなく、戦争に関するさまざまな資料約１８００点を収集してきた。
「戦争の記憶は年ごとに風化してくる。実際に証言できる人も少なくなってくると、物に語ってもらうとか、実際に証言した人の記録を残していくことによってしか、戦争の本当の姿が分からない。どのようなことから戦争が始まっていくのか。いったん戦争が始まってしまうと抑えられない。過去の歴史から学んで今を見ていくことが非常に大事ではないか」