- 1 : 26/06/21(日) 01:02:51 ID:84Ze
- 信州(長野県)のある貧しい村で行われていた「おじろくおばさ」という風習である。
「おじろくおばさ」とは、かつて日本に実際にあった家族制度で、その家に生まれた、長男以外の子供のことを示す。「おじろく」は男、「おばさ」は女である。
- 2 : 26/06/21(日) 01:03:14 ID:84Ze
- 「おじろくおばさ」とは、かつて日本に実際にあった家族制度で、その家に生まれた、長男以外の子供のことを示す。「おじろく」は男、「おばさ」は女である。
彼らは、その家の長男に隷属し、生涯を農作業と雑用に従事して終える。戸籍もなく外界との交流も禁じられ、結婚も許されない。読み書きを習うこともなく、家の中の地位は長男の妻子より低い。
食事は最低限の粗末なもので、寝床は納屋や物置である。そんな奴隷の如き生活により、次第に感情も失われてしまうようだ。人生の喜びや悲しみ、娯楽も持たず、命果てるまで機械のように働き続けるのだ。
- 33 : 26/06/21(日) 01:09:30 ID:GtVC
- >>2
長男の嫁はどこから来た女なんや - 4 : 26/06/21(日) 01:03:58 ID:84Ze
- この制度が存在したのは、さほど遠い昔のことではない。
この制度は明治以降も続いており、明治5年には人口2000人の村に、190人もの「おじろく」と「おばさ」がいたという。 - 6 : 26/06/21(日) 01:04:34 ID:84Ze
- おじろく・おばさ制度は長野県下伊那郡天竜村でのものであり、16-17世紀ごろから長兄だけが結婚して社会生活を営む一方、他の弟妹は他家に養子に入ったり嫁いだりしない限り結婚も許されず、世間との交流も禁じられ、生涯戸主のために無報酬で働かされたという。
また家庭内の地位は戸主の妻子以下で、宗門人別帳や戸籍簿には「厄介」と書き込まれていたとされる。
明治5年(1872年)時点では村の人口は約2000人で、そのうちおじろく・おばさは190人ほどいたという
- 7 : 26/06/21(日) 01:04:39 ID:eMxm
- あーねんまつ
- 9 : 26/06/21(日) 01:05:03 ID:d8Q7
- 長女はどういう扱いなんや
- 10 : 26/06/21(日) 01:05:07 ID:84Ze
- 同論文には個人名が記されていないが数人の証言が記されており
以下に記す - 11 : 26/06/21(日) 01:05:34 ID:84Ze
- 10人前後のおじろく、おばさがいた。
幼児から集まりに出ることもなく近所の人との交流もなく、独りで家の仕事をしていた。
家人とろくに話もしなかったが、反抗することもなかった。
時には山の中にタバコの密培などをして小遣銭を得た者もあった。
- 12 : 26/06/21(日) 01:05:40 ID:eMxm
- 完
- 15 : 26/06/21(日) 01:06:10 ID:84Ze
- >>12
効いてて草 - 16 : 26/06/21(日) 01:06:27 ID:eMxm
- >>15
うわw急に話しかけてきたw - 13 : 26/06/21(日) 01:06:02 ID:84Ze
- 結婚もせず一生家族のために働いて不幸もなかった。
子供の頃は普通であったが、20歳過ぎから無愛想な人間になった。
家へ用事で行くと奥に隠れたり、挨拶しても見向きもしなかったり、無視して仕事をしていたりすることが多く、話しかけても返事をしなかった。
おじろくは黙っていて、笑うこともなく、いつも家の仕事をしており、怒ることも不平をいうこともなく、表情もなく、趣味もなかった。
- 17 : 26/06/21(日) 01:06:35 ID:84Ze
- 言いつけたことをよくやるだけで、自分で気を利かせる事はなかった。
若い時から人嫌いになり、人が来ると奥へ隠れ、ほとんど喋らず、不平も言わなかった。
身の周りの事はしていた。
娯楽を求めることはなかった。
夜這いをしたおじろくは沢山いたがよく言われなかった。
世の中楽しいことも嫌なこともなかった。
- 18 : 26/06/21(日) 01:06:38 ID:eMxm
- びっくりしたあ!w
- 19 : 26/06/21(日) 01:06:44 ID:FjsY
- サンカの方がマシな暮らしやなぁ
- 21 : 26/06/21(日) 01:06:58 ID:84Ze
- >>19
なにそれ - 27 : 26/06/21(日) 01:07:57 ID:FjsY
- >>21
サンカで調べろ - 20 : 26/06/21(日) 01:06:47 ID:84Ze
- これってZ世代…
- 24 : 26/06/21(日) 01:07:23 ID:eMxm
- >>20
お前がジジイならやべーよw - 22 : 26/06/21(日) 01:07:02 ID:VtX3
- やっぱジャップって陰湿だわ
- 25 : 26/06/21(日) 01:07:31 ID:84Ze
- ちなエタヒニンの職業は、と殺だっけ
- 32 : 26/06/21(日) 01:09:15 ID:baeR
- >>25
食肉と革加工と墨
奈良あたりなら天皇にも献上する由緒ある家柄にもなる
腫れ物扱いだけど - 29 : 26/06/21(日) 01:08:21 ID:84Ze
- 近藤の取材を受けた1人目は明治34年(1901年)生まれの女性(63歳)で、身体・精神的な異常はなかった。
幼少期から素直で大人しく、無愛想で無口であった。
24歳頃までは養蚕の手伝いに行っていたものの、その後は頼まれても行かなくなった。近藤が挨拶をしても無視して家の仕事をしていたという。 - 30 : 26/06/21(日) 01:09:01 ID:eMxm
- まだ続いて草
悔しかったのかな笑 - 31 : 26/06/21(日) 01:09:09 ID:84Ze
- 2人目は明治20年(1887年)生まれの男性(77歳)で、身体・精神的な異常はなかった。幼少期から大人しい性格で、18から20歳にかけて大工仕事を学び、それから取材当時まで大工仕事や畑仕事をずっとこなしていた。
村を出たのは21歳の徴兵検査の時のみであった。3人目は明治16年(1883年)生まれの男性(81歳)で、身体・精神的な異常はなかった。幼少期は陽気な性格であったが、兄が病弱であったために家のために働いた。弟2人もおじろくであったが学校には通った。
本人も遊郭に行ったことがあったという。後者2人はラジオで浪花節を聴くのが唯一の楽しみであったと述べている - 34 : 26/06/21(日) 01:10:00 ID:eMxm
- コピペするだけなのにおっせえなあ
無能が透けてるわ - 39 : 26/06/21(日) 01:11:26 ID:84Ze
- >>34
効いてて草 - 41 : 26/06/21(日) 01:11:41 ID:eMxm
- >>39
びっくりするから話しかけてくんな - 42 : 26/06/21(日) 01:12:39 ID:0wvF
- >>41
急に話しかけてびっくりしてるの陰キャすぎてかわいい - 45 : 26/06/21(日) 01:14:34 ID:eMxm
- >>42
違うよ。檻の外から猿煽ってたら急に人の言葉を話し始めたみたいな衝撃 - 35 : 26/06/21(日) 01:11:05 ID:84Ze
- スマホゲームが唯一の楽しみで後はずっと働いてるだけ…
言いつけたことをよくやるだけで、自分で気を利かせる事はない
若い時から人嫌いになり、人が来ると奥へ隠れ、ほとんど喋らず、不平も言わない
黙っていて、笑うこともなく、いつも家の仕事をしており、怒ることも不平をいうこともなく、表情もなく、趣味もなかった
- 36 : 26/06/21(日) 01:11:09 ID:qW5o
- クメール・ルージュ政権がつい50年前まで存在した事の方が驚き
- 37 : 26/06/21(日) 01:11:13 ID:FjsY
- 炭治郎家の仲睦まじさはフェイク
- 38 : 26/06/21(日) 01:11:24 ID:eMxm
- もう帰っていい?
- 40 : 26/06/21(日) 01:11:39 ID:84Ze
- おまえら傷ついたんか…
- 43 : 26/06/21(日) 01:13:59 ID:84Ze
- 手塚治虫の「奇子」って話も昔の日本の田舎の閉鎖的で生々しいものを描いてるな
こういうのもっと知りたい - 44 : 26/06/21(日) 01:14:33 ID:84Ze
- あまり表に出てこないんだよこういうのは
封印された昔の日本の風習「おじろくおばさ」
おーぷんなんJ

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